4月5日には、中津保育園の入園式がありました。
リュウ、リナ、マオの3人とも入所させていただくことになりました。マオは、水ぼうそうで欠席しましたが、リュウは制服を保育園で借りて、着せていただきました。リナはベレー帽にスモックです。実は、娘達も30年前にこれと同じ制服で通っていました。
「なんか〜、昭和な感じやねぇ〜!!」
まさか?の中津保育園
竣工開所式
いよいよ、オープン当日を迎えた朝。中津の氏神さまである富島神社から宮司さんに来ていただきました。今日は、「竣工開所式」というのだそうです。新しい建築や器械に、「息吹き」を与えていただきます。スタッフ全員が出席のもと、午前9時より、執り行われました。みんなの気持ちが引き締まります。
被災地から大阪へ
昨日、被災している宮城石巻の娘と孫の3人を避難させるために、岩手県の「いわて花巻空港」まで、出迎えに行ってきました。飛行機には食糧品・衣類等をダンボールとキャリーバッグにいっぱい詰め込んで、乗せてもらいました。ちょっと重量オーバーでしたが、被災者への物資と理解してくださっているようで、快く引き受けてくださいました。
大阪への避難道
被災している娘達を一刻も早く、大阪へ避難させたいという気持ちでいっぱい・・・
宮城には、空路も陸路も、一般人は制限されており、全く入ることができません。何か良い手立てはないものか・・・と思っていた時、18日に友人が手を差し伸べてくれました。
「石巻赤十字病院に救援物資を持って行って、今日帰って来る車があるんだけど、再び物資を積んで、だれか運転して石巻まで行かれませんか?」
石巻市中里付近の様子
被災地5日目、石巻市中里小学校避難所や付近の様子をyoutubeで見つけました!!やっと腰まであった水が引き、片付けができるようになった・・・と伝えられています。
水につかっていない食品を買う求める人もあるとか・・・
我が孫のミルクは足りているのだろうか・・・と、胸が締め付けられるほど、不安になります。小さな命の綱の「粉ミルク」。どうか無事に食料や水にありついてほしいと願うばかりです。
宮城沖地震
新診療所のカーテンを全部決める、ギリギリの段階になりました。その下調べのため、内装業者さんと本町のトーソー株式会社のショールームを見に行く予定で、一緒に本町の美々卯で遅がけの昼食をいただいていました。食べ終わったその時・・・急に胸がつかえて「吐き気」を催してきました。その直後、ぐらっと揺れて・・・
「わぁ〜、地震ですね。」
トラブル続出
いよいよ家具が設置されて、診療所らしくなってきましたが・・・
トラブル続出です。何回も型紙を作ってもらって思索した受付カウンターは、思い通りの出来上がりでしたが、立体図面を確認していなかった1階と2階のフェイスチェックで、カウンターの高さや、色が合わず、やり替えてもらうことになりました。このレベルは任せておけば大丈夫だろう・・・という甘い考えがあったからです。
移転の準備あれこれ
新しい診療所を移転開設することの大変さを、今、ほんとに身に沁みて感じます。私の想像していた何倍ものエネルギーを必要とし、そのために波及する仕事は、きりがありません。また、新しい大きな建物を建てることによる、近隣への配慮、またそれに伴って湧きあがる問題(今までは水面下に潜んでいたかのよう)が、連続で起こってきます。
私の桃の節句
3月3日は桃の節句。今年はココエちゃん、マオちゃんも初節句を迎えました。お雛様とともに、「雛祭り」には「雛ちらし」とハマグリのお吸い物はつきものですね。江上歯科のスタッフには、3月1日〜3日限定販売の柿の葉寿司「たなか」の「雛ちらし」をいつも予約注文しています。雛ケーキは、当日お休みの子もあるので、今回は雛あられとかりん糖の詰め合わせを一緒にプレゼントしました。