2016年6月号

医学会の重鎮が語る『歯科医療のすごい力』

がん治療は口腔ケアで治療成績をあげられる

人間の健康長寿にとって、よく噛んで食べることは大変重要です。なぜなら、生活習慣病、認知症、誤嚥性肺炎などの予防につながるからです。逆に噛む力が低下すると、記憶力や運動能力の低下、肥満、あらには心臓病や糖尿病、がんなどのリスクも高まります。
 自分の歯を80歳で20本残す「8020」運動があります。日本人の現状は80歳で13本です。
 私も残った歯は少ないけれど、合う義歯でしっかり噛めているおかげで、73歳の今でもいたって健康です。 1日1万歩歩き、登山、居合いなどで日々筋力を鍛えています。
 長年がん治療に携わってきていえることは、がんは予防が重要だということです。口腔ケアはがん予防と密接な関係があり、がん治療に口腔ケアを取り入れると治療成績が上がるというデータもあります。実際、がん治療に真面目に取り組んでいる施設は、歯科医がチーム医療に参加し、口腔ケアを行なっていることが多いのです。
予防医療の観点からも、定期的に口腔ケアを受けることができる体制の構築が重要です。専門職としての歯科技工士屋歯科衛生士の待遇改善も大切だし、噛むことの大切さを国民全体がよく理解する必要があります。予防歯科医療を社会に根付かせるための制度改正も必要でしょう。
 歯の健康を保ち、よく噛んで食べるという身近な行為を障害続けられれば、結果的に医療費の抑制に大きく貢献します。そのことに国民の皆さんは気づくべきです。
 私は07年に40年連れ添った妻を肺がんで亡くしました。亡くなる前日、自宅で妻の好物のあら鍋を用意し、妻は「美味しい、美味しい」と食べてくれた。そんな体験から、最後まで食べることは人間の尊厳にもつながることだと確信しています。

日本対がん協会 会長 垣添忠生

患者を「寝かせきり」にしないための「噛める歯科医療」

日本では入院が長期化する高齢者は寝たきりになることが多いのです。また、誤嚥性肺炎になる高齢者も多い。入院してベッドに寝てばかりいると、使わない筋肉が衰えて廃用症候群になりやすくなり、それが寝たきりの一因となります。
 寝たきりを予防するには、早いうちからリハビリテーション(以下、リハビリ)を開始する必要があります。また、誤嚥性肺炎を予防し、低栄養状態を防ぐことも、高齢者の回復には重要です。このためには、医師や看護師だけの力では不十分。歯科医や歯科衛生士による口腔ケアや口腔機能の回復が不可欠です。
 長崎リハビリテーション病院は、最後まで人としての尊厳を守り、諦めないで口から食べることを大切にする「口のリハビリ」医療を基本姿勢にしています。それを実現するため、医科ト歯科が連携を取って、歯科医による』噛める義歯の調整、歯科衛生士による口腔ケアを行なっています。
 口のリハビリには、医師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などのチームの中に歯科医師と歯科衛生士の参加が不可欠で、専門職がそれぞれの知識と技術を提供して初めて実現できるのです。
 こういったシステムを作っている病院はまだまだ少ない。歯科と医科が連携し、口のリハビリができるシステムを構築できれば、日本の寝たきり高齢者は激減するはずです。
 私たちの病院には、寝たきりの患者さんは一人もいません。「寝たきり」という言葉は「寝かせきり」を意味し、医療者の怠慢に他ならないからです。だからこそ「寝たきり」の患者を生むことはできない。そのためにも「噛める歯科医療」が非常に重要なことを痛感しています。

長崎リハビリテーション病院 院長 栗原正紀